最終更新:2026年4月
離れてみたら、やっと気づいたこと。
──私、中毒だったんだ、って。
Workaholic、完全に。
当直明けにスマホを握りしめたまま眠れない夜。
休日なのに、電子カルテのメールを確認せずにはいられない朝。
「患者さんの役に立ってる」という充足感のあとに、なぜかやってくる、あの虚しさ。無理に流し込むアルコール。
それを「やりがいの疲れ」「忙しいから仕方ない」と、私はずっと言い換えてきました。でも、少しだけ臨床の第一線から距離を取り、自分の生活を見直したとき、ハッとしたのです。
これは、やりがいじゃない。これは、依存だ、と。
そしてたぶん、これを読んでくださっているあなたも──医師・看護師・薬剤師・リハ職・技師・検査職──職種は違っても、同じシーソーの上で、同じように揺れていらっしゃるのではないでしょうか。
今日のコラムは、かつての私と、いまのあなたに向けて書きます。
スタンフォード大学医学部教授 アンナ・レンブケ氏(精神科医、『ドーパミン中毒』著者)が、ドーパミンという神経伝達物質と現代社会の関係を語っている動画です。約20分、できれば静かな時間に、イヤホンで。
[▶ 動画を見る(PIVOT GLOBAL / YouTube)](https://youtu.be/JM75dAskORs)
出典:PIVOT 公式チャンネル
「【ドーパミン中毒】スタンフォード大学医学部『冷たいシャワーの効果とは』/朝一番のエクササイズが効果的な理由/苦痛と快楽の感情はシーソーのように行き来する」(2024年2月23日公開)
ゲスト:アンナ・レンブケ氏(スタンフォード大学医学部教授・精神科医)
ドーパミンは「快楽物質」と呼ばれることが多いですが、より正確には「報酬を予期したときに放出される神経伝達物質」です。
つまり、何かを得たときよりも、「これから得られるかもしれない」と感じた瞬間にこそ、脳は強く反応するとされています。
SNSの通知音、ソシャゲのガチャ、当直明けの甘いもの、電子カルテの未読アラート、学会発表後のSNSの「いいね」──。
これらが私たちを強く引きつけるのは、「次に何か良いことが起きるかもしれない」という予期のサイクルを刺激するからだと言われています。
そしてその予期の回数が、医療従事者の日常では、あまりにも多い。
レンブケ教授が繰り返し語るのが、この比喩です。
脳は快楽と苦痛を、同じ場所で、同じ神経回路で処理していると考えられています。そしてシーソーの原則は、「水平に戻ろうとすること」。
- 強い快楽(スマホ・甘いもの・アルコール・仕事の達成感)で一方が沈む
- 脳は反対側に重りを乗せて、バランスを取り戻そうとする
- 快楽が去ったあと、反対側(=苦痛・不安・倦怠感)が残る
- その苦痛から逃れるために、さらに強い快楽を求める
──これが、依存のループの正体とされています。
医療従事者の「当直明けのドカ食い」「休日なのに仕事のメールを開かずにいられない」「帰宅してすぐ動画配信サイトを何時間も眺めてしまう」「気づけばSNSを1時間スクロールしていた」。
これらは意志の弱さではなく、シーソーがすでに大きく傾いてしまっているサインかもしれません。
「中毒」という言葉は、診察室でなら誰かに向けて使う言葉であって、まさか自分に当てはまるとは思わない。むしろ医者に向かってなんだと、憤慨する方もいらっしゃる方もいるかもしれません。
私もそうでした。
でも、少し距離を置いて自分の生活を見渡してみると、こんなサインがいくつも並んでいたのです。
- 仕事が終わっても、仕事のことを考えていないと落ち着かない
- 休みの日にカルテを開いてしまう/症例を調べてしまう
- 予定のない休日が、なぜか怖い/罪悪感を覚える
- スマホを機内モードにすることに、強い抵抗を感じる
- 「忙しい自分」でいないと、自分の価値を感じにくい
- 当直・オンコール明けに、必ず甘いものやお酒に手が伸びる
──ひとつでも「ああ、わたしだ」と感じたなら、そのシーソーは、少し右に傾いているのかもしれません。
私自身、整形外科医・手外科医として臨床の現場に立ち、産業医としても多くの医療従事者の方と関わってきました。そこで感じるのは──医療従事者の脳は、常に強い刺激にさらされ続けているということです。
- 不規則な勤務と睡眠リズムの崩壊
- 救急対応やオンコールによる交感神経の長時間緊張
- 電子カルテ・PHS・院内チャット・学会メール──途切れない通知
- 「人の役に立った」という強い報酬感情と、そのあとに訪れる虚脱感
- 周囲に弱音を吐けない空気、吐かない美徳
強い刺激と強い責任の繰り返しの中で、シーソーは日々大きく揺れます。そして、その反動を埋めるための何か──スマホ、コンビニスイーツ、アルコール、トキシックな恋愛、報われない仕事、深夜のネットショッピング、そしてまた仕事──に、私たちはついつい手を伸ばしてしまう。
「患者さんには『生活習慣を整えましょう』と指導しているのに、自分の生活はボロボロだ」
もし、この一文に一瞬でも心が動いたなら、このコラムを最後まで読んでいただく価値があると思います。
レンブケ教授は動画の中で、「あえて適度な苦痛を自分で選ぶ」というアプローチを紹介しています。
冷たいシャワー、朝のエクササイズ、短時間の空腹──これらはいずれも、自ら選んで体に与える軽いストレスです。
先ほどのシーソーの比喩を、もう一度思い出してみてください。
快楽側から押すとシーソーは揺れ戻り、苦痛が残ります。では逆に、苦痛側から押したらどうなるか。揺れ戻った先にあるのは、しっとりとした、穏やかな快の感覚だとされています。
- 冷たいシャワーを数分浴びたあとの、全身がじんわり温かくなる感覚
- 朝のランニング後の、頭がクリアになる数時間
- 食事を抜いたあとの、ひと口目のご飯の、あの美味しさ
これらはいずれも、シーソーを自分の意志で傾け、戻ってきた揺れを受け取るという仕組みだと考えられています。外から与えられる刺激的な快楽ではなく、自分の体から湧き上がる、静かな快。
依存しない、持続可能な報酬と、言ってもいいかもしれません。
※冷水浴や断食は、心疾患・高血圧・その他基礎疾患のある方にはリスクを伴う場合があります。ご自身の状態に合わせて、無理のない範囲でお試しください。
医療従事者の燃え尽きや、メンタル不調のご相談を受けるとき、私はよく「脳と体は、あなたの味方ですよ」とお伝えしています。
シーソーが大きく揺れてしまうのは、あなたが弱いからではなく、人間の脳がそのように設計されているから。そしてその設計を知り、扱い方を学ぶことは、薬を処方することとは別の次元で、私たち自身を守る手段になると感じています。
医学部でも研修医時代でも、私たちは「患者さんをどう治療するか」は徹底的に学びますが、「自分自身の脳と、どう付き合うか」を体系的に学ぶ機会は、ほとんどありません。
医大生に混じって講義を受けて分かったのですが、スタンフォード大学の医学部の講義には”ちゃんと”存在していました。
本当に大切なことです。目をそらさないでください。
そしてこの空白が、医療従事者のバーンアウトの根の部分にあるのではないか、と私は考えています。
このコラムの最後に、ひとつだけ、静かな問いを置かせてください。
> この一週間で、「自分で選んだ、ほんの少しの苦痛」を、体に与えましたか?
> (朝の5分のストレッチ、帰り道の一駅歩き、湯上がりの冷水シャワー30秒、スマホを置いて深呼吸、でも構いません)
Yesでも、Noでも、どちらでも大丈夫です。
ただ、その答えに「ハッ」としたなら、それはあなたの脳が、いま現在のシーソーの傾きに気づいた瞬間です。
そしてそれこそが、かつての私自身が、長い遠回りの末にたどり着いた結論でもあります。
離れてみて、やっと気づいた。
そのときから、ゆっくり戻り始めればいい。
あなたのシーソーが、今日、少しだけ水平に近づきますように。
参考
- Anna Lembke『Dopamine Nation: Finding Balance in the Age of Indulgence』(2021) /邦訳『ドーパミン中毒』(新潮新書)
- PIVOT 公式チャンネル「【ドーパミン中毒】スタンフォード大学医学部『冷たいシャワーの効果とは』」(2024年2月23日公開)
やえこふクリニック
担当:Dr.EKO博士(医師・医学博士/整形外科専門医・産業医)
※本コラムは情報提供を目的としたものであり、医療行為・心理療法の提供を意図するものではありません。当院のプログラムは自己成長を目的としたメンタル思考トレーニングです。