整形外科専門医として10年、私はある違和感に気づき始めていました

当直明けの朝、立ち上がるときに膝が一瞬軋む。外来で長く立った日の夜、腰の重さが翌朝まで残る。

患者さんには「運動を続けてください」「無理はしないでください」と日常的にお伝えしているのに、自分自身の身体は、いつも後回しになっている。多くの医師が、同じ経験をされているのではないでしょうか。

私もそうでした。整形外科専門医として手術室に立ち、外来で何百人もの患者さんを診てきた10年間。患者さんの身体には全力で向き合いながら、自分の身体には「忙しいから」「医師なんだから」と、向き合うことをずっと後回しにしていました。

ただ、ある時期から、別の違和感も同時に感じるようになっていたのです。

「自分は本当に、患者さんの身体に対して、最善のアプローチを取れているだろうか」

整形外科医として手術をしながら、私が抱えていた問い

手術で骨を直す。関節を作り直す。それは確かに、医師として重要な仕事です。手術の精度を上げ、合併症を減らし、術後の早期回復を目指す——日本の整形外科医療は、世界トップクラスのレベルにあります。

ただ、外来で患者さんを診ていて、こんな場面が何度もありました。

「先生、手術してもらった膝は問題ないんです。でも、なんとなく、以前のように動けない気がして」

検査をしても、画像上は問題なし。骨も関節も、修復はうまくいっています。けれど、患者さん自身の感覚としては「戻っていない」

あるいは逆に、こんな相談も。

「先生、手術するほどじゃないと言われたんですが、毎日が辛いんです。何をすればいいのか、誰に聞けばいいのか分からなくて」

画像所見では手術適応にならない。でも、日常生活に明確な支障が出ている。整形外科の枠組みでは、「経過観察」としか言えない場面が、確かにあったのです。

その「手術と経過観察の、間にある領域」を、誰が担当するのか。

リハビリ科に紹介すれば、リハビリスタッフが担当してくれます。けれど、医師として最初から最後まで一人で見渡せる領域として体系化されているわけではありません。スポーツ医学は競技者中心で、一般の方や高齢者は対象外になることが多い。整骨院やパーソナルトレーナーは医療の外。

患者さんの身体は、骨・関節・筋肉・神経・運動・回復が一つのつながった全体として動いているのに、それを診る医療の枠組みが、日本では分断されている。

医師として、私はこの分断を埋める方法を探していました。

アメリカには、その「間」を埋める専門医学があった

調べていく中で、アメリカに Physical Medicine and Rehabilitation(PM&R/ピーエムアンドアール) という独立した専門医学領域があることを知りました。日本語で直訳すれば「物理医学・リハビリテーション医学」です。

ここでいう「リハビリテーション」は、日本の医療現場でイメージされる「術後の回復訓練」だけではありません。身体機能そのものを医学的に評価し、整え、最大化するための医学全体を指します。

PM&R専門医は、こんな範囲を一人で担当します。

  • 手術前の身体評価と最適化
  • 手術が必要かどうかの判断(手術医と協働)
  • 慢性的な違和感の医学的評価
  • 運動指導・身体機能の評価
  • スポーツ選手から高齢者まで、年齢・競技レベルを問わない対応
  • 神経・筋骨格系・運動機能の統合的アセスメント

つまり、私が外来で「手術と経過観察の、間にある領域」と感じていた場所が、アメリカでは一つの専門医学として確立されているのです。

医師として、これを学ばずにはいられないと感じました。

日本人として唯一の研究医として、Stanfordへ

私はStanford大学病院のスポーツ医学・PM&R領域に、研究医として渡米しました。日本人としては唯一の研究医でした。

そこで学んだのは、単なる臨床手技や技術ではありませんでした。それは「身体を一つのつながった全体として診る、医師としての視点そのもの」でした。

骨折を診たら、骨だけを見るのではない。その骨が動くために働く筋肉、それを支配する神経、それを動かす患者さんの日常の動作パターン、その動作を形作ってきた職業や生活——身体を取り巻く全体を、医師の目で読み解くことを学びました。

経営者のエグゼクティブ、プロアスリート、退役軍人、高齢のリタイア層——立場の違うあらゆる方々が、同じPM&R専門医のもとで、自分の身体を「分断されていない全体」として診てもらう。それが、私がアメリカで見た医療の姿でした。

帰国してから、私は同じことを日本で実現したいと考えました。

ただ、日本にはPM&Rという診療科そのものが存在しない。受け皿となる枠組みがないのです。

「メスを置く」のではなく、「専門性を広げる」という選択

医師としてのキャリアにおいて、「メスを置く」という言葉には、どこか後ろ向きな響きがあります。手術ができなくなる、現役を退く、というニュアンスです。

けれど、私が選んだのは、メスを置くことではありませんでした。整形外科専門医として培った臨床経験の上に、PM&Rという新しい専門性を重ねる——という選択でした。

クリニックという形で、医師として直接、患者さんに近い距離で、PM&R的な視点を提供する場所を作る。手術室では届かなかった「身体を全体として診て、これからの方向性を一緒に考える」という時間を、医師として提供する。

これは、臨床から離れる選択ではなく、臨床の届く範囲を、医師として広げる選択でした。

越境を考える医師の方へ

外来で患者さんに「運動を」と言いながら、自分の身体には向き合えていない医師。手術の腕には自信があるけれど、術後の患者さんが「以前のように動けない」と言う場面に、もどかしさを感じている医師。整形外科の枠組みでは答えきれない相談を、外来で何度も受けている医師。

そういう違和感を、私と同じように感じている医師の方は、必ずいると思います。

その違和感は、医師としての感性が摩耗しているサインではありません。むしろ、医師として身体を真剣に診てきたからこそ感じる、構造的な気づきです。

日本の整形外科医療は世界一流です。けれど、その一流の医療の「間」を埋める領域が、日本にはまだない。その不在を埋めるために、医師として何ができるか。

私自身は、PM&Rという越境の道を選びました。それが唯一の答えだとは思いません。臨床を続けながらPM&R的視点を学ぶ方もいるでしょう。産業医や予防医療の方向から身体機能を診る選択もあるでしょう。

ただ、「整形外科の枠組みでは答えきれない違和感」を感じている医師の方には、その違和感を自分のキャリアの方向性を考えるサインとして、一度受け止めてみていただきたいのです。

身体が出すサインは、患者さんのものだけではありません。医師自身の身体が出すサインも、また、一つの医学的な気づきなのです。

医師の方への、ドクターコンサルのご案内

ドクターコンサル(¥88,000(税込)/90分・オンライン/Google Meet)では、Dr.EKO博士が直接、医師の方ご自身の身体と、キャリアの方向性を一緒に見渡します。これは診療行為ではありません。医師同士で身体とキャリアについて率直に語り合うための場です。

医師同士の対話として、PM&R的な視点をどう自分の臨床や人生に取り入れるか、ご一緒に考える時間です。「整形外科の枠組みでは答えきれない違和感」をお持ちの医師の方、新しい専門性を持ちたいと考えている医師の方、ぜひお話を聞かせてください。

なお、ドクターコンサルは診療行為ではありません。PM&R医としての知見を活かした、医師同士の対話の時間です。

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